2010年07月23日
体の調子
2010年07月11日
気分変調症(2)
このような状況が数年続いて、自分はこの環境でがんばるしかないと思うのだが、気力が続かず、体もひどく重い。動悸が一日中続き、仕事に出たものの、医局で横になっている時間の方が長い。妻は石野さんの性格をだんだん分かってきたのか、やさしい言葉をかけてくれたりするようになったが、何だか同情されているようで、かえって惨めな気持ちがつのってくる。養父もこの頃になると、石野さんの気持ちを汲もうとする気が出てきて、副院長の役職を与えてくれたりしたが、それをこなす自信も気力もなく、かといって離婚して大学病院に帰る気にもなれなかった。
そのような軽いゆううつ気分と無気力、身体の漠然とした不調が2年近くも続き、この頃は他の職員の目もあまり気にならない様子で、医局でごろごろして過ごすことが多くなってきた。この段階で、養父の勧めもあって、精神科医ののもとを訪れたのである。
石野さんは以上のような自分の経過と心の悩みを多弁に語り、「どうしていいか分からない。何かアドバイスがほしい」としきりに言うが、アドバイス的なことを精神科医が述べると、「そんなことは自分にも分かっている。でも、できないから仕方がない」と居直りのような言葉が多く、受け入れる様子はなかった。また次回の診察予約時間を決める時には、「朝はつらくて無理だから、夕方にしてください」「平日は道が混むから、土曜日にしてください」と要求が多く、そのくせにしばしば予約の無断キャンセルをするなど、常識的にみて「勝手」と言いたくなるような面も目立った。
それでも一応、通院は続け、抗うつ薬も飲みはしたが、1年以上経過しても基本的に改善する様子はなかった。ただ、時にははっきりとした理由もなく、数週間気力が出て仕事をすることがあるが、またこれも理由なく気分が落ち込み、元のレベルになってしまうパターンを繰り返し、慢性的に経過している。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
2010年07月05日
体の調子
サインバルタカプセル20mg:朝食後 3Cap
テトラミド錠10mg:毎食後 1錠
リフレックス錠15mg:就寝前 2錠
2010年06月29日
気分変調症(1)
養父との不和
内科医の石野勉さん(36歳)は医学部在学中から「自分には欠けている所があって、人から好かれない」との思いが強く、そのことでぐずぐずと悩んで1年間休学したこともある。卒業して内科の研修医となって最初のうちは生きがいをみつけたようで、よく勉強もし、診察にも精を出していたが、同期生が抜擢されてアメリカに留学したり、学会で発表して評価された、などという話を耳にした時には先を越されたような気がして、「自分はがんばってもしょせん認められない不利な立場なのだ」「要領が悪くて人に好かれない性格だから、教授にも可愛がってもらえない。それでいつも損をしている」との思いが湧き、ひどく落ち込むようになった。
医師となって4年目にはそのような事が重なって、1週間仕事を休んでしまった。ちょうどその頃、大きな個人病院の一人娘のもとに婿養子に入る話があり、どこか投げやりな気持ちになっていたことや、相手が美人であったことなどから、大して考えもせずに受けてしまった。相手側の一家も石野さんの大人しく、一見素直そうに見えるところが気に入ってくれたようで、話はとんとん拍子に進んだ。
婿入り先の養父は、やり手で豪傑肌の医師で、石野さんのこれまでの生き方を「貧乏学者の真似事みたいなことじゃ駄目だ」と全く認めてくれようとせず、早速石野さんを大学病院から自分の経営する病院に引き上げさせた。石野さんも半ばそれを覚悟していたし、開業医としての能力を試してみようと考えて、張り切って新天地に臨んだつもりだったが、いざ仕事を始めると、大学病院とのシステムの違い、養父をはじめ職員との医療に対する考え方の差に戸惑うことばかりであった。
養父の医学的な知識は信じられないほど古く、現在の知識からは明らかな間違いすら多かったが、それを正そうとしてもとても言い出せる雰囲気ではなかった。
おまけに妻に愚痴っても、妻は父親を尊敬しきっていて、医学のことは全く分からないくせに、「お父さんを見習って早く慣れてほしい」という意味のことばかり言う。養父の代わりに外来診療を務めることもあったが、患者も「今日は院長先生ではないのですか」といかにもがっかりした様子を見せる人が多い。
設計の仕事
排煙脱硫装置の吸収塔の計画設計の仕事です。請けてみるつもりです。
久しぶりなので、最初は大変かもしれません。
2010年06月28日
双極性障害(躁うつ病)(4)
双極性障害をどう治療するか
今野さんのケースは先の嬉野さんとはニュアンスが違っているのが分かると思う。つまりウツに加えて、正反対の状態である「躁」を示すという点が最大の違いである。これはわが国では伝統的に「躁うつ病」と呼ばれてきた。しかし最近は、国際的な用語に合わせて「双極性障害」とよばれるようになっている。躁とウツという正反対の極の間でゆれる、という意味である。
このようなタイプは、うつ病性障害に比べるとかなり特殊であり、成人人口の1〜2パーセントくらいがこの病気を経験するとされている。つまり、うつ病性障害の5分の1以下しか見られないと言われてきたのだが、最近の研究では案外多く、3〜4パーセントに上るというデータも示されている。
まずこの症例から、躁状態というのがどういうものかがよく分かると思う。躁はウツのそっくり正反対と考えてよく、ウツが「気分はゆううつ、気力はなく、考えることも罪の意識が強く、自分を責める」のに対し、躁では「気分は高揚、やる気満々、考えることも自信たっぷり、回りを責める」状態になる。またウツでは頭が働かなくなり、記憶力や判断力がひどく落ちたように感じられるが、躁では頭の回転が速くなり、どんどんアイデアが出てくる。食欲、性欲も正反対で、ウツではひどく低下するが、躁では逆に亢進する。
ただし、睡眠だけは例外的で、躁にしてもウツにしても不眠になる。と言っても、ウツは「眠ろうとしても眠れない」のに対し、躁の不眠は「眠るのがもったいないので寝ようとしない」という感じで、これもある意味では正反対と言えるであろう。
このように双極性障害ではきわめて特徴的な躁状態を示すのだが、ウツの時の様子はうつ病性障害のウツとなんら変わりはなく、ウツだけを見れば双極性障害なのか、うつ病性障害なのか、判断することはほぼできないと言ってよいであろう。つまり、この両者の区別は経過によるしかないということになる。
今野さんの場合、躁から始まってウツになったが、必ずしもその順番で起こるとは限らない。逆にウツから躁になることもあれば、ウツが何回か続いて、ある時に躁がくることもあるなど、人によって様々である。躁からウツ、ウツから躁への変化は、まるでスイッチが切り替わったようにある日突然来ることもあるが、しばらく正常の時期を経て、それから徐々に移行していく場合のほうが多いようである。
もう一つ双極性障害とうつ病性障害の違いとされているのは、病気になる前の性格のことである。先に見たように、うつ病の人は会社の中でも経理などの堅い部署ににいて、目の前に来る仕事を着実にこなし、無口で冗談を言うことはめったにないが、いったん口にしたことは絶対間違いないので、周囲からの信頼が厚い、といったイメージであろうが、双極性障害の場合、単純な仕事を着実にこなすのは苦手だが、アイデアマンでリーダーになって人を引っ張っていく、いつもつまらないジョークを連発し、この人がいるとにぎやかになる、というタイプ(これを循環気質と呼ぶ)が多いようである。ちょっと比喩的に表現すれば、うつ病性障害は参謀型、双極性障害は司令官型ということになろうか。先にうつ病性障害と双極性障害とは経過をみないと分からない、と書いたが、この病前性格の違いによって、何となく推察できると言えないこともない。この病前性格については、後で再び述べる。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
2010年06月27日
つぶやき
2010年06月24日
双極性障害(躁うつ病)(3)
このような診察が3週間も続いただろうか、元気のよかった今野さんだが、ある時点から急にトーンダウンしたのがはっきりと感じられた。
まず診察室に入ってくる姿勢からして違う。うなだれて重い足取りなのである。話してみても、小声で「もともと大した実力でもないし、虚勢を張っていたのに化けの皮が剥がれて、恥ずかしい」とか「迷惑をかけてしまった。いっそ死んでお詫びをしたい」と反省、後悔、自信喪失の言ばかりである。医師が、
「いや、病気で少し行き過ぎもあったけど、そんなに致命的なことはやってないし、迷惑と言ったって著しくはないですよ」
と慰めると、
「先生は良いかただからそう言ってくださるが、自分のことは一番自分が知っているんです。こういうのは、精神医学では間違いなく異常人と言えるんですよ」
と、躁の時の頑固さはそのままに、すっかり方向が逆転したようで、ウツ状態に陥っていることは明らかと思われた。
医師はそこで、これまで投与していた気分安定薬に加えて、抗うつ薬を処方し、うつ病の治療を本格的に開始した。幸い今野さんには薬もよく効いて、1ヶ月するかしないうちにウツから脱け出し、本来の元気を回復することができた。そして最初に受診してから3ヶ月で会社に復帰したが、医師のアドバイスで、当分経過を見るために日本の本社勤務をすることに決まった。
それから2年を経た現在、今野さんはもう薬を飲むことも止め、元気にもとのM国での仕事についている。最近、医師の元にふらりと立ち寄った今野さんは言う。
「やっぱり、あの時最初に早く休んだのがよかったですね。そうでないと、取り返しのつかない悪評が立つところでした。躁も自分では楽ではないんですが、やはりあとのウツの方がずっと苦しかったです。先生とも精神医学の論争をしましたけれど、あの苦しさから救ってくれる方法があるのなら、理屈はともかく、患者としては頼りたくなりますよ。まあ先生、頑張ってくださいよ」
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
体の調子
今日は、天気が良かったので大泉緑地公園を散策した。かきつばた園の花はまだ開花していません。去年の12月から今年の3月位まで大池の水を空にしているので、蓮の花は咲くのかどうか分かりません。
2010年06月21日
双極性障害(躁うつ病)(2)
今、今野さんはM国の大規模な養殖場の設営と、その関連食品工場機材関係の取引にチーフとして関わっているのだが、2ヶ月前から様子がおかしい。取引先との折衝や付き合いが多く、非常な過密スケジュールで過労気味であるのはよく分かるが、今野さんは疲れるどころか、逆にいつにもまして独断専行が目立ってきた。
深夜に社員を呼び出して、自分の企画を話したり、担当ではない軽トラックの売り込みをやりだしたり、いくら何でもやりすぎだと思われる。
養殖場の起工式では、M国の大臣が出席している中で、舞台に出て突然乾杯の音頭を取って歌い始めたときには、誰の目にも変だ、と映った。その時は「日本人は酔っ払うとはめをはずすから」ということで、まあご愛敬で済まされたのだが、その後もちっとも反省するどころか、本社から来ていた重役が諫めると、逆に「現場のことは任せる約束のはず」とか筋違いの文句を言う始末で、会社からするとこのまま放置しておいては何をし始めるか分からない、ということで、会社の嘱託医に相談し、その紹介で精神科医のもとに連れて来たというわけなのだった。
聞けば、M国から帰国して逗留しているホテルでも昨夜問題を起こしていた。つまり、態度が悪い、とフロント担当者の胸ぐらをつかんで警察ざたになったというのである。
ちょっと話してみても、やはり発火寸前の弾薬庫という雰囲気で、ちょっとした言葉じりを捉えてワーッと怒りだしそうなけはいがあった。上司が以上の経過を話している時にもだっまて言わせていたわけではなく、「はっきり言わせてもらえば、まわりの程度が低いから、自分が浮いて見えるだけ」とか、言いわけというか、自己の正当性を主張するので、なかなか診察に至らない。それでもかろうじて、医師が、
「いつもの今野さんとはやはり違っているし、しばらく休んだ方がいい、薬もあげますから、飲むことを勧めます」
というと、
「では病気だというのか。精神医学でいう病気とは何だ。誰が決めるんだ。あんたか。じゃ、あんたとオレのどっちが偉いんだ。どっちが国際感覚があるんだ。勝負しよう」
と言い出して、あとは英語でしか話してくれない。
さすがに医師も困ったのだが、しばらく調子を合わせているうちに、
「もう疲れた。今日のところは薬を飲むことにして、かえる」
と突然言い出して、勝手にサーッと部屋を出て行った。やはり心の底では「これではいけない」という意識があったんだな、と医師も感じて、あとは上司と今後について相談をし、初回の診察を終えた。
3日後、今度は妻とともに今野さんはやって来たが、名前を呼ぶや、
「みなさーん。頭のおかしな人間が一人やって参りましたよ!」
と大声で叫びながら入室して来たのには閉口した。そしてまた「精神医学でいう病気とは何か。自分はどこがおかしいのか」という「精神医学論争」を中心に、とにかく延々としゃべり続けるのである。しかも、言うことの大部分は決して間違ってはおらず、知能指数も医師よりもかなり高いのではないか、論争ではとても敵わぬ、という迫力があった(躁状態のときは知能指数も30くらい高くなる)。
しかし、意外に医師の言うことに対しては素直で、自分で「今度はいつ来ればいいですか」と言い、「とにかく薬は飲む」とまた勝手に風のように退室していった。その間、妻はただオロオロするだけで、家庭でも相当困っている様子が見てとれた。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
2010年06月19日
双極性障害(躁うつ病)(1)
もともと非常に元気、活発、アイデアマンでやり手、というのが、今野弥朗さん(49歳)に対するまわりの評価である。
総合商社に入社早々、最初はあまり希望する人のいない発展途上国担当のセクションに自ら名乗りを上げたのも、ファイトの現われに違いないが、以来ずっとアジア・アフリカ関係の取引に関わってきた。相手国の政府機関との交渉、企業への売り込みはもとより、現地の庶民の中にも飛び込んで宣伝したりと、猛烈な営業で社内でも名を成していて、「今野はシベリアの住人に冷蔵庫を売りつけ、アフリカ人に暖炉を売る」などと言われる名物男であった。
今野さんが病院の外来に最初に来たのは、3年前のことである。やはり東南アジア貿易担当の上司と、人事部の人も一緒であったが、待合室で待っている時から、今野さんの大きな声が鳴り響いていた。「何だ。待たせるなー。これはね、ビジネスの見地からするととだな、この病院のシステムに問題があるな」とかなんとか、外来待合室の椅子の配置とか、混雑しすぎていることとか、いろいろ文句を言い、自分のアイデアも声高に述べている。その声にはイライラしたものがあったが、実際待たせているし、確かに当たっている面も多いように思われた。
診察の順番になり、医師はまず「少しお待たせしました」と詫びたが、今野さんはいきなり、
「少しとは何だ、冗談じゃないよ。このやろう。そんなにいばるんじゃないよ」
と最初からけんか腰である。横から上司が「いや。ふだんはこのような人ではないのですが」と前置きして、これまでの事情を話してくれた。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
体の調子
2010年06月17日
うつ病性障害(7)
うつ病性障害のの特徴
紹介したこの二例はもっとも一般的にみられるうつ病である。これまで行なわれた調査を総合すると、生涯のうちで一度以上この病気を経験する人は、実に全人類の10パーセントにも及ぶと推察されている。糖尿病やリウマチなどより、はるかに一般的な病気と言えるのである。これは、この次の症例でみるような、躁状態のエピソードがなく、ウツだけがみられるタイプである。
わが国の専門家の間では、かって「単極性うつ病」と言われてきた。ウツと言う一方向だけの極端な状態がある。という意味である。最近は、学問的な正式呼称は「大うつ病性障害」となっている。
しかしこの「大うつ病」という言葉は、英語の「メジャー・デプレッション」を直訳したもので、ちょっと日本語として許容しがたい訳語である。デプレッションというのは「うつ病」ということでよいとして、メジャーというのが「大」というのはあまりにもひどい訳語ではなかろうか。「うつ病」という名前自体にもマイナスイメージを受ける場合がまだ多いのに、「あなたは大うつ病です」と診断されたら、さらにショックを受けかねない。
そもそも、「メジャー」という形容詞は「主な」「中心になる」といった意味合いだと思うが、野球のメジャーリーグを「大リーグ」と訳すので、「メジャー・デプレッション」を「大うつ病」と訳したのだそうだ。
本来の意味からすれば、このタイプを単に「うつ病」と訳し、いろいろなタイプを総括した呼び名を「気分障害」とするのが一番良い。ただうつ病という呼称が一般化していることを考えると、全体を表す言葉としては、やはり「うつ病」を使うことにして、これまで示したような、ウツだけを示し伝統的には「単極性うつ病」と言われてきたタイプを「うつ病性障害」という言い方で区別することにする。
嬉野さんのケース、宇都宮さんのケースともに、たとえば家が全焼したとか、会社が倒産して一家で路頭に迷った、などといったひどい状況ではないが、職場でのトラブル、受験、多忙などの、まあどこにでもあるストレスがきっかけとして存在した。お二人とも、もともと地味だが、ひどく生まじめ、几帳面、頑張り屋、悪い面で言えば、頭が硬い性格の人である。うつ病性障害はこのような性格の人が、このような状況に陥った時に生じることが多い。(このような性格を「うつ病に陥りやすい性格」という意味合いで「メランコリー親和型性格」などと称することがある)。
そして、治療を開始して数ヶ月以内によくなっている。治るまでの期間はケースによって多少違うものの、総じてうつ病の治療薬(抗うつ薬)への反応がよく、治りやすいのがこのタイプのうつ病の特色といえる。ただし完全に治っていないうちに抗うつ薬を安易に中止すると再燃することは、宇都宮さんの例で見たとおりである。また、後遺症のようなものも残らないとするのが普通の考えだろう。
ただ問題なのは、繰り返すことがやや多い点だ。というのも、うつ病から回復しても、その体験を生かしてものごとの考え方を変えたり、ストレスに強い性格に自己改造できるかというと、それが簡単にできないのがこのタイプの特徴で、同じ状況にぶつかると、また同じ様にウツに陥ってしまいやすいのである。つまり体験を次に生かせないのが欠点なのだが、生かせないどころか、繰り返すうちにさらにストレスに弱くなるように見えることすらある。
もちろん、抗うつ薬を継続投与することによって再発率をかなり低めることができることも確かだが、ウツに陥りやすい考え方の傾向性のようなものは薬によって対処しにくいところで、再発を予防するには「考え方のパターンを変える」ための一種の「訓練」がポイントとなる。これらのことはあとで再度詳しく述べる。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)
体の調子
明日の具合を見て、医師と相談してみます。
2010年06月16日
体の調子
抗うつ薬は今日から変更になりました。
サインバルタカプセル20mg 朝食後 2Cap
テトラミド錠10mg 朝、昼、夕食後 1錠
リフレックス錠15mg 就寝前 2錠
今のところ異常はありません。
今日は運動公園で2.5kmウォーキングしました。
うつ病性障害(6)
勝手に服薬をやめると
退院して2ヶ月が経過した頃には、まだ本格的に仕事をするというのではないが、宇都宮さんはともかくも店に出てレジに座っている段階とはなっていた。ある日、商工会の会長と他の役員が訪ねてきて、宇都宮さんがまだ本格的に回復していない様子を見て、
「あんた、薬の飲みすぎじゃないのか。身体に毒だよ。薬に頼りすぎない方がいいよ」
「そうだよ。薬害は恐ろしいって新聞にも書いてあったよ」
と言い立てた。
もちろん二人とも、よかれと思ってのアドバイスではあっただろうし、強い調子でそう言ったわけでもなく、半ばなんの気なしの発言ではあったが、これは宇都宮さんにはかなりの影響を与えた。「そうか。薬を飲みすぎて、かえって治らなくなってるのか」と考えて、その日から薬を飲むのをやめてしまったのだ。
数日間は別に変化はなかったが、やがて宇都宮さんの症状は目に見えて再燃してきた。焦りの気持ちが特に強い。落ち着かず、ウロウロと店内を歩き回る。抗うつ薬を中止してから悪くなったことは宇都宮さんもすぐに気付いた。それなら、また抗うつ薬を再開すれば済みそうなものだが、宇都宮さんの考え方は違った。「薬依存症になったのだ。もう薬の止められない体になったのだ。どうしよう。もう追いつめられた。解決方法はない」と考えて、頭を抱え込んだ。
あわてた奥さんに伴われて緊急受診した宇都宮さんに、医師は抗うつ薬の安易な中止は症状悪化をきたすこと、抗うつ薬には依存性はほとんどなく、まして中毒になることはないこと、うつ病の治療は時間がかかるが焦らず服薬を続けることが大切なことなどの原則論を話した。もちろんこのことはこれまでも何回も説明してあったことだが、時に応じて繰り返して説明する必要があるのだ。主治医との基本的な信頼関係があり、薬のことも信じていたはずなのに、他人の無責任な言葉に影響を受けるということは不思議な感じもするが、うつ病にかぎらず、経過が長引き直線的な回復のないケースにはありがちなことなのだ。
幸いなことに、その後の宇都宮さんはきちんと服薬を続け、3ヶ月半ばが経過した頃にはすっかり回復し、もとどおりのペースでの仕事を再開した。「やっぱり薬はこの病気には大切なことがよく分かりました」「まあ、役員なんかは自分には向かないですよね。何しろ几帳面にやれば済む仕事ではないですから。苦手なことは絶対断るようにしたいです」と頭を掻きながら述べた。これは洞察が大いに含まれた言葉であろう。その後、1年が過ぎ、今度は主治医と相談しながら抗うつ薬をゆっくりと減らし、最終的には完全に中止することが可能となった。2年経っても再発はしていない。
2010年06月15日
うつ病性障害(5)
直ちにうつ病の診断が下され、抗うつ薬を中心とした入院治療が行なわれることになった。宇都宮さんも「これで少しでも楽になるのなら」と入院を同意してくれたのだ。
1ヶ月の入院により、宇都宮さんのウツ症状はかなりよくなった。商工会の仕事と店の仕事を区別して考えられるようになったし、著しいトラブルが発生しているのではないことも認識できるようになった。つまり本来の冷静さがかなり取り戻せたのだ。
ただしまだまだ完璧ではない。まだエネルギーが湧かず、仕事に積極的に取り組もうという気力は出てこない。奥さんが根回しして役員からは降ろしてもらったが、「一日も早く回復して。役職を全うする」とこだわってもいた。このような考えは、気力が十分にないことから考えると矛盾だが、このような矛盾がウツの再燃につながることが多い。ゆっくりと復帰することが重要なゆえんである。
しかしもちろん、完全に回復するまで入院治療を続けねばならないというのではない。宇都宮さんの場合も、焦燥感が消失し、ウツ的な考え方の歪みがかなり改善した時点で退院とし、あとは自宅で静養しながらの治療を続けることになった。
宇都宮さんにとって恵まれていたのは、長女が短大を卒業し、店を手伝ってくれるようになったことである。そのこともあって、宇都宮さんはゆっくり静養できる環境が整ったはずだが、なかなか直線的に回復するというわけにはいかなかった。きちんと治療しても、意欲の回復はなかなか出てこないことがあるのだ。
そこに少し面倒な事態が生じた。
<参考図書>うつ病をなおす (講談社現代新書)